石勒 ( せきろく )

publish: 2021-04-26, update: 2026-09-11

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274年-333年。字は世龍。後趙の創建者。明帝。劉淵に従い前趙の将軍として河北を転戦し、西晋の幽州刺史王浚、并州刺史劉琨など、諸勢力を滅ぼした。前趙から独立して後趙を建て、河北に拠って前趙を滅ぼした。奴隷から皇帝まで上った中華史上唯一の人物とされる。在位15年。

関連

臧宮

?-58年。字は君翁。潁川郡郟県の人。県の亭長を務めたが食客を率いて下江軍に入った。劉秀に従って各地を転戦した。公孫述の討伐では岑彭が凶刃に倒れるなど苦戦を強いられたが、電撃戦をもって綿竹、涪城など州内の各地を落した。城門校尉、朗陵侯。

李弼

494年-557年。字は景和。遼東郡襄平県の人。李永の子。爾朱天光に従って関中に入り軍功を立てた。勇猛であり常に先鋒を務めたため、当たるもの無しと恐れられた。賀抜岳を殺害した侯莫陳悦に宇文泰への降伏を促したが、入れられなかったため自身は宇文泰に降伏した。東魏戦線を転戦して西魏の重鎮となる。病没。

侯莫陳崇

?-563年。字は尚楽。代郡武川鎮の人。侯莫陳興の子。爾朱栄、および賀抜岳の下で転戦した。賀抜岳が侯莫陳悦に殺害されると宇文泰を迎え入れた。宇文護の死を予想したため、宇文邕の譴責を受けたほか、宇文護の圧力を受けて自害した。

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