石鑑
publish: 2021-04-26, update: 2026-04-19
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?-350年。字は大朗。後趙の第6代皇帝。廃帝。石虎の三男。冉閔粛清を本人に密告し石遵の廃位を招いた。冉閔に擁立され皇帝に即位するも実権はなく傀儡だった。諸方で冉閔・李農を除く企てが起こるなか冉閔に幽閉され、後に復権を企むも露見し廃位、殺害された。在位103日。
関連
張寔
271年-320年。字は安遜。前涼の第2代君主。昭公。張軌の長男。西晋の驃騎将軍であったが、中央を辞して父が治める涼州へ帰還した。張軌の死後その地位を継ぐ。愍帝が降伏するにあたって司馬睿とともに後事を託された。邪教を信奉する配下に背かれ殺害された。
杜洪
?-352年。京兆郡の人。冉閔と石祗が対立すると、王朗、麻秋は長安から洛陽に入ったため、張琚と共に関中を占拠した。枋頭から関中攻略を目指して西進する苻健に敗れ、司竹、宜秋に逃れた。張琚によって殺害されたとも、苻健の攻撃によって敗死したともある。
張芝
?-192年。字は伯英。敦煌郡淵泉県の人。張奐の子。崔瑗、杜度に師事して書を学び、草書に優れて草聖のひとりに数えられる。書道の別名である「臨池」とは、書に没頭するあまり庭の池が常に真っ黒であったことに由来する。生前から評価され鍾繇とともに王羲之以前における書の大家であった。