杜洪
publish: 2026-05-16, update: 2026-05-16
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?-352年。京兆郡の人。冉閔と石祗が対立すると、王朗、麻秋は長安から洛陽に入ったため、張琚と共に関中を占拠した。枋頭から関中攻略を目指して西進する苻健に敗れ、司竹、宜秋に逃れた。張琚によって殺害されたとも、苻健の攻撃によって敗死したともある。
関連
元朗
513年-532年。北魏の第12代皇帝。安定王、または後廃帝。拓跋濬の甥元彬の孫、元融の第3子。反爾朱氏を掲げて挙兵した高歓に擁立されて即位した。高歓が爾朱氏を滅ぼすと廃位された。安帝王に降格され同年、高歓によって殺害された。
王華
385年-427年。字は子陵。琅邪郡臨沂県の人。王廞の子。王恭と王国宝の争いの中で父・王廞が行方不明となり、恩赦を受けるまで逃亡生活の幼少期を過ごした。後に劉裕によって喪中が発せられ、正式に服喪した。劉義隆に仕えて、張邵の失脚後その職務を代行した。
拓跋燾
408年-452年。字は仏狸。北魏の第3代皇帝。太武帝。拓跋嗣の第1子。父拓跋嗣の死後即位する。夏、北燕、北涼を相次いで滅ぼし華北を統一、五胡十六国時代を終わらせた。宋に対する南征は元嘉の治による宋の最盛期を覆した。宦官の宗愛によって殺害された。在位19年。