拓跋燾 ( たくばつとう )

publish: 2021-08-07, update: 2026-04-19

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408年-452年。字は仏狸。北魏の第3代皇帝。太武帝。拓跋嗣の第1子。父拓跋嗣の死後即位する。夏、北燕、北涼を相次いで滅ぼし華北を統一、五胡十六国時代を終わらせた。宋に対する南征は元嘉の治による宋の最盛期を覆した。宦官の宗愛によって殺害された。在位19年。

関連

慕容法

生没年不詳。南燕の中軍将軍、兗州刺史。 後に、征南大将軍、都督徐州揚州兗州南兗州諸軍事として南燕の軍事を支えた。 あからさまに慕容超を軽侮した。慕容超の即位後は不和が明確になり、慕容鍾、段宏と共に謀反するが、失敗して北魏へ逃亡した。

劉楨

?-217年。字は公幹。東平郡寧陽県の人。劉梁の孫。曹操の辟召に応じて丞相掾属、平原侯庶子、五官将文学を務めた。曹丕、曹植と親交したが、曹丕の夫人・甄氏を平視した不敬で朝歌県県令に左遷された。誠実で才能があるが自制や遠慮に乏しいと王昶に評された。病没。著作は『詩品』に残る。

慕容評

生没年不詳。慕容廆の子。軍を率いては功を重ね、慕容恪とともに朝政を管掌した。しかし統治には暗く、慕容垂を政敵として離反させ、慕容恪の死後は政治が腐敗した。前秦の攻撃を受けて高句麗へ亡命したが捕縛、送還された。苻堅によって范陽郡太守に任じられ、任地にて没した。

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