石世 ( せきせい )

publish: 2021-04-26, update: 2026-04-19

章節

標籤

339年-349年。字は元安。後趙の第4代皇帝。廃帝。石虎の子。皇太子石宣が誅殺されると代わりに皇太子に立てられる。石虎の死後僅か11歳ながら皇帝に即位するも、帝位簒奪を目論む石遵により廃された。まもなく殺害された。在位33日。

関連

解思明

?-345年。出自は不明。李寿の長史に任じられた。李寿が皇帝・李期と対立すると羅恒とともに謀り、成都を占拠して李期を廃し東晋に従属することを進言した。李寿の死後、李勢の後継として皇太弟を立てることを求めたため、李勢の怒りを買って処刑された。諫臣。

沈攸之

?-478年。字は仲達。呉興郡武康県の人。沈叔仁の子。若くして父を亡くし困窮した。元嘉の治が終わるころ、北魏の外患に備えるため徴兵された。劉駿以来4代に仕えて車騎大将軍、開府儀同三司まで昇った。劉昱が廃位されると挙兵して反乱したが、離反が相次ぎ華容にて横死した。

宇文闡

573年-581年。北周の第5代皇帝。静帝。宇文贇の第1子。宇文贇から譲位され即位する。即位時は僅か7歳であったため、外戚の楊堅の摂政を受けた。前代から既に国内に混乱が見られ、これを収束できないために楊堅から禅譲を迫られ退位した。介国公に封じられるが殺害された。

page /opt/build/repo/content/dynasties/319_後趙/hongi/4_349_石世.md