石遵
publish: 2021-04-26, update: 2026-04-19
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?-349年。字は大祗。後趙の第5代皇帝。廃帝。石虎の九男。皇太子石宣が誅殺された折、石世と並んで立太子の候補にされた。石虎の訃報を聞いて挙兵し鄴に上って石世を廃した。兵権を握る冉閔を危険視し除こうとしたが、石鑑の密告を受けた冉閔により処刑された。在位183日。
関連
王曇首
394年-430年。字は子陵。琅邪郡臨沂県の人。王珣の子。劉義隆に仕えて属官として昇進し、劉義隆の即位に伴って中央に入り、侍中、驍騎将軍を務めた。王華らと共に劉義隆政権の確立に務め、その功は多大であった。兄・王弘が劉義康から妬まれたとき、兵を分配することを勧めた。
司馬岳
322年-344年。字は世同。東晋の第4代皇帝。康帝。司馬紹の第2子。司馬衍の弟。司馬衍の死後、司馬衍の子がいずれも幼かったため、年長者として庾冰に擁立されて即位する。兄と同様早世する。在位2年。
禿髪烏孤
?-399年。南涼の創建者。武王。禿髪思復鞬の子。鮮卑禿髪部の出身。後涼に従ったが勢力を拡大させ続けた。呂光は禿髪烏孤の勢力を恐れて官位をもって懐柔しようとしたが応じず、王位を自称して独立した。落馬が原因で死去。