司馬丕
publish: 2021-04-25, update: 2026-04-19
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341年-365年。字は千齢。東晋の第6代皇帝。哀帝。司馬衍の第1子。司馬聃の死後即位する。この頃すでに桓温が政治を掌握していた。傀儡同然で顧みるべき政治もなく不老長寿を求めて薬物を濫用し中毒を起こして死去した。在位4年。
関連
馮弘
?-438年。字は文通。北燕の第3代天王。昭成帝。馮安の子。馮跋の弟。馮跋が病床に伏せると外戚の宋氏が馮翼の廃嫡を謀ったため乗じて反乱を起こした。馮跋が病没すると天王に即位し馮翼を殺害した。北魏の攻撃を受けて高句麗に亡命するが北魏を恐れる高句麗によって殺害された。
楊震
54年-124年。字は伯起。弘農郡華陰県の人。楊宝の子。前漢の楊喜を祖とする名家の出身。長らく仕官せず50歳で鄧騭の推挙を受けた。荊州刺史、東萊太守などを歴任し、中央に召されて太僕、太常、太尉を務めた。鄧氏の失脚後は王聖、伯栄、閻顕、耿宝、樊豊ら佞人の讒言を受け免官、蟄居した。自害。
苟晞
?-311年。字は道将。貧しい家の生まれだったが、東海王・司馬越に招聘されて、陽平郡太守まで昇進した。八王の乱では、主に司馬越に従い、公師藩、劉喬、汲桑らを討伐し、威光を高めた。青州刺史として曹嶷らと争った。後に司馬越と対立し、司馬越の死後、石勒によって滅ぼされた。有能であったが過酷でもあった。