司馬睿 ( しばえい )

publish: 2021-04-25, update: 2026-04-19

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276年-323年。字は景文。東晋の初代皇帝。元帝。司馬懿の曾孫、司馬伷の孫。父司馬覲が死去すると琅邪王を継ぐ。鄴で司馬穎の監視下に置かれたが脱出して琅邪に帰還した。王導の献策に従い建業へ移った。愍帝が殺害されると皇帝に即位した。五馬王の筆頭。病没。在位6年。

  • 五馬王とは、琅邪王・司馬睿、西陽王・司馬羕、南頓王・司馬宗、汝南王・司馬祐、彭城王・司馬雄の5人を指す。西晋の5人の王が、永嘉の乱を避けて江南に渡り、東晋を建国した経緯を五馬渡江と呼ぶ。

関連

沈恪

509年-582年。字は子恭。梁末に蕭暎に仕える。侯景の乱では建康に入城して防戦するが、陥落すると脱出して陳霸先と呼応して挙兵した。陳の将軍職、刺史職を歴任して、侍中まで上った。病没。子の沈法興は隋末の群雄の一人。

馬成

?-56年。字は君遷。南陽郡棘陽県の人。劉秀が潁川を攻略したころ、安集掾、郟県県令代行となった。北方の守備に長け、并州から幽州にかけて防壁、櫓などを建設した。中央に召還されたときには北方への復職を望む嘆願があり中山太守となった。中山太守、全椒侯。

謝玄

343年-388年。字は幼度。謝奕の子、謝安の甥。桓温の辟召を受けて属官となる。謝安に推挙されて北府を管轄し、劉牢之などを登用した。前秦の強勢を退け淝水の戦いでは前秦を大破した。その後の前秦の混乱を好機とし兗・青・司・豫州の四州を平定したが、間もなく病没した。

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