司馬睿
publish: 2021-04-25, update: 2026-04-19
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276年-323年。字は景文。東晋の初代皇帝。元帝。司馬懿の曾孫、司馬伷の孫。父司馬覲が死去すると琅邪王を継ぐ。鄴で司馬穎の監視下に置かれたが脱出して琅邪に帰還した。王導の献策に従い建業へ移った。愍帝が殺害されると皇帝に即位した。五馬王の筆頭。病没。在位6年。
- 五馬王とは、琅邪王・司馬睿、西陽王・司馬羕、南頓王・司馬宗、汝南王・司馬祐、彭城王・司馬雄の5人を指す。西晋の5人の王が、永嘉の乱を避けて江南に渡り、東晋を建国した経緯を五馬渡江と呼ぶ。
関連
元脩
510年-535年。北魏の第13代皇帝。孝武帝、または出帝。元恪の甥、元懐の第3子。乱れる北魏朝廷を避けて農村に身を隠したが、元朗が高歓に廃されると代わりに擁立された。高歓の傀儡であることを恐れて宇文泰を頼り北魏を分裂させた。後に宇文泰に殺害された。
張方
?-306年。寒門の出身だったが、関中を統治した司馬顒に仕官して累進した。以降、司馬顒、司馬穎の一派として、司馬倫、司馬乂、司馬越と戦って軍の中核を成した。後に、司馬顒の敗色が濃厚になると、謀叛の罪を着せられて司馬顒に殺害された。
拓跋什翼犍
318年-376年。代の第10代王。拓跋鬱律の子。拓跋翳槐の弟。若年を後趙の人質として襄国、鄴で過ごした。在位は38年の長期にわたり、安定した治世は代の最盛期を作った。後趙、前燕の滅亡時はいずれも南進しなかった。前秦の攻勢が強まると病により諸族の統率が弱まり、拓跋斤に唆された拓跋寔君に殺害された。