梁冀
publish: 2021-08-11, update: 2026-04-19
章節
標籤
?-159年。字は伯卓。安定郡烏氏県の人。梁商の子。酒と遊びを好み学問に疎かったが、二人の妹を皇后としたため、侍中、執金吾、河南尹などを歴任し父の死後は大将軍を継いだ。性は傲慢、強欲であり朝政を壟断し質帝・劉纘から跋扈将軍と揶揄された。皇帝の弑逆など数々の悪事が残る。桓帝と謀った単超らに逮捕され自害した。
関連
呉漢
?-44年。字は子顔。南陽郡宛県の人。県の亭長を務めたが食客の罪に連座し逃亡した。馬商人として生計を立てるなか韓鴻に見出されて県令となった。河北を巡撫する劉秀に従い、偽の檄文を作って彭寵を抱き込んだ。沈着、果敢であり、軍職を歴任して連年の遠征を務めた。略奪や苛烈な指揮が多かった。大司馬、広平侯。
皇甫真
生没年不詳。字は楚季。安定郡朝那県の人。慕容廆に招かれて出仕した。慕容皝の不興を買って一時は免官となるが、後に復職し文武両道を示した。増長する慕輿根を痛烈に批判し慕容恪へ誅殺を促した。司空、太尉などの高位を歴任したが凋落の大勢は変えられなかった。前燕滅亡後は前秦の奉車都尉に任じられた。病没。
王恭
?-398年。字は孝伯。太原郡晋陽県の人。王蘊の子。司馬曜の皇后・王法慧の兄。外戚。謝玄亡き後の北府軍を継承した。王国宝によって軍権を解任されると殷仲堪と挙兵して、司馬道子に王国宝を処刑させた。司馬道子討伐のために再度挙兵したが、調略された劉牢之に敗北し処刑された。