羊祜
publish: 2021-04-21, update: 2026-04-20
221年-278年。字は叔子。羊儒の曾孫、羊続の孫、羊衜の子。諸事に慎ましく先見の明を持ち、才幹に身を滅ぼす事が無かった。都督荊州諸軍事として積極的な呉征伐を論じる一方で、呉将の陸抗と交誼を重ねて羊陸之交の故事成語を残した。病没。後任に杜預を推挙した。
関連
司馬聃
343年-361年。字は彭子。東晋の第5代皇帝。穆帝。司馬岳の第1子。司馬岳の死後、2歳で即位した。治世は太后の褚蒜子、何充、司馬昱らによって運営された。成漢を併呑し、洛陽を奪還するなど領土の拡大に成功した。若くして病没した。在位17年。
斛律光
515年-572年。字は明月。斛律金の第1子。父に従い初陣で宇文泰の長史・莫者暉を討ち取った。大鵰(オオワシ)を射止めたことから落鵰都督と呼ばれ、高歓、高澄に厚く任用された。娘に皇后を輩出するなど一族揃って栄転したが、祖珽や穆提婆の恨みを買い、讒言を受けた高緯に処刑された。
陳慶之
484年-539年。字は子雲。斉代から蕭衍に仕え、梁が建つと武功を重ねて昇進した。北魏の北海王・元顥を擁して北伐し洛陽を占領した。爾朱栄の反攻により洛陽を追われるが、その後も北魏戦線を支えた。武芸には疎かったが指揮官として非凡で、身に纏った白袍を畏怖された。病没。