姚泓
publish: 2021-10-26, update: 2026-04-19
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388年-417年。字は元子。後秦の第3代皇帝。末主。姚興の第1子。弟の姚弼と後継争いのすえ帝位を継ぐが、その後も一族の造反が絶えず、夏や東晋の圧力の前に後秦は一気に衰退した。東晋の王鎮悪の攻撃に降伏し、建康にて処刑された。在位1年。
関連
苻法
?-357年。字は永則、幼名は阿法。苻雄の庶長子。清河王。苻生殺害の政変を決行し、弟の苻堅に皇帝即位を促した。憚った苻堅は皇帝ではなく大秦天王を称した。賢明で人望があったがゆえに、苻堅の生母・苟氏に猜疑され賜死を受けた。
陳頊
530年-582年。字は紹世。陳の第4代皇帝。宣帝。陳霸先の兄陳道談の第2子。陳蒨の死去にあたって劉師知や到仲挙らとともに陳伯宗の補佐を託されるが、劉師知や到仲挙を排除して陳伯宗を廃位し、皇帝に即位した。内政に力を注いだが、北斉を滅ぼした北周に圧迫された。在位13年。
慕容盛
373年-401年。字は道運。後燕の第3代皇帝。昭武帝。慕容宝の第1子。幼年時代を長安で過ごしたが西燕が安定しなかったため後燕に亡命した。蘭汗が慕容宝を殺害すると一時は蘭汗に従うがまもなく殺害して皇帝に即位した。治政は厳格に過ぎ相次ぐ反乱の中で横死した。在位3年。