王永 ( おうえい )

publish: 2021-10-13, update: 2026-04-19

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?-386年。北海郡劇県の人。王猛の子。扶風郡太守を務め幽州刺史となった。淝水の戦い以後、続発する反乱に尽力した。苻堅の処刑が河北に伝わると、苻丕を皇帝に推戴し諸国へ檄を飛ばした。晋陽を拠点として交戦したが、西燕の攻撃を受けて戦死した。

関連

謝朓

464年-499年。字は玄暉。陳郡陽夏県の人。謝緯の子。蕭賾の治世に出仕し諸王や重臣の属官を経て蕭鸞に大いに信任された。岳父・王敬則が反乱するとその計画を告発した。江祏の反乱への加担を拒否したため露見を恐れた蕭遙光、江祏らに殺害された。山水詩を洗練させた名人。

閻式

?-309年。天水郡の人。閻彧とも。李特たちが難民を連れて益州へ移るとこれに従った。益州刺史として羅尚が着任すると李特の使者として度々往来し、難民側の主張を羅尚に伝える一方で、羅尚から李特への懐柔の窓口となった。李雄の代に尚書令まで昇るが、配下の訇琦、張金苟に殺害された。

蘭欽

生没年不詳。字は休明。蘭子雲の子。蘭京の父。北魏戦線や内地の異民族統治で累進し、諸軍事、刺史を歴任した。後に漢中平定の功を成して、曲江県公まで昇った。広州刺史となるが、刺史を代行していた蕭恬に毒殺された。頌徳碑が立てられるほどの善政でも知られる。

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