拓跋猗盧
publish: 2021-10-12, update: 2026-04-19
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?-316年。代の初代王。拓跋沙漠汗の子。鮮卑拓跋部。分割されていた拓跋部を再統一した。并州刺史の司馬騰や劉琨に協力して、一貫して前趙と戦った。司馬鄴により代王に封じられた。後に後継問題を起こし、長子の拓跋六脩に殺された。在位1年、
関連
朱祜
?-48年。字は仲先。南陽郡宛県の人。母方の実家を復陽の劉氏とし、劉秀、劉縯と親交を結んだ。劉秀配下の最古参。長安留学中は劉秀と共に薬を売って学費とした話が残る。儒学に詳しくその性格は質朴で正直だった。輝かしい武功こそ欠けるが、その人格を劉秀に愛された。建義大将軍、鬲侯。
劉曄
生没年不詳。字は子揚。九江郡成徳県の人。成徳侯・劉普の子。阜陵王・劉延の末裔。曹操が寿春を攻略するころ蔣済や胡質と共に出仕した。魏が成ると関内侯、侍中となった。曹丕、曹叡の側近として太中大夫、大鴻臚を歴任するが、晩年は疎まれて失意のうちに没した。東亭侯。
司馬熾
284年-313年。字は豊度。西晋の第3代皇帝。懐帝。司馬炎の第25子。司馬衷の死後、即位した。全国の反乱に応対するが、西晋の衰退を止めることは出来なかった。司馬越が洛陽を空にして出鎮したまま病死すると、前趙の攻撃により洛陽は陥落した。平陽に拉致されたのち処刑された。