蕭昭文
publish: 2021-08-09, update: 2026-08-22
480年-494年。字は季尚。蕭斉の第4代皇帝。海陵王。蕭賾の子蕭長懋の第2子。兄蕭昭業が殺害されると蕭鸞に擁立され皇帝に即位した。しかし実体は蕭鸞の傀儡であり、皇太后王宝明の勅令を引き出した蕭鸞によって、廃位、殺害された。在位2か月。
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王聖
生没年不詳。安帝・劉祜の乳母。鄧氏一族が政権を運営するとこれに不満を持ち、鄧綏の兄・鄧悝が平原王・劉翼の擁立を画策していると誣告し、劉翼の都郷侯降格へとつながった。野王君に封じられて江京、樊豊、王伯栄とともに恣肆暴虐と評された。閻氏一族の権力掌握により失脚し雁門郡へ流刑された。
赫連定
?-432年。夏の第3代皇帝。赫連勃勃の第5子。兄赫連昌が北魏に捕らえられると即位した。残党を糾合して一時は関中やオルドス地方を奪還するが北魏の逆襲を受けて失地回復は成らなかった。北魏に圧されて西秦を滅ぼすが吐谷渾の攻撃により捕縛され北魏に送られて処刑された。
劉煕
?-329年。字は義光。前趙の第6代皇帝。劉曜の第3子。後趙の洛陽攻略中に父劉曜が捕縛され殺害されたため、長安から上邽へと遷都した。長安回復のため兄劉胤を派遣するが石虎に敗れ、そのまま上邽を攻略する石虎によって処刑された。建国26年目にして前趙は滅亡した。