蕭昭業
publish: 2021-08-09, update: 2026-04-19
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473年-494年。字は元尚。蕭斉の第3代皇帝。鬱林王。蕭賾の子蕭長懋の第1子。皇太子であった父蕭長懋の死後、皇太孫に立てられた。蕭賾の死後皇帝に即位した。父と祖父が相次いで病没したため、蕭子良、蕭鸞の輔弼を受けた。蕭鸞と対立して殺害された。在位1年。
関連
慕容垂
326年-396年。字は道明。後燕の創建者。成武帝。慕容皝の第5子。桓温の北伐を撃破した。慕容恪の死後、慕容評との確執を恐れ前秦に亡命した。淝水の戦い以後前秦から独立し後燕を建てた。翟魏、西燕を滅ぼした。北魏に出兵したおり陣中で病没。在位13年。
賀抜岳
?-534年。字は阿斗泥。賀抜度抜の子。賀抜勝の弟。武川鎮の出身で、爾朱栄の下で転戦して功を立てた。爾朱天光の副将として関中に入ったが、爾朱天光が高歓に敗れたため、高歓に帰順した。元脩と高歓の対立にあって、元脩の信任を得るが、その勢威を恐れた高歓に暗殺された。
慕容会
?-397年。清河王。慕容宝の庶子。慕容垂に皇太孫とされたが、父、兄弟と折り合いが悪く慕容垂の死後、廃された。龍城に駐屯して北魏に敗れた父を救ったが、軍を取り上げられて慕容農と慕容隆に分配されたため、二人の暗殺を謀った。暴挙を知った慕容宝と交戦するも敗北し、中山へ逃亡したところを慕容詳に捕殺された。