姚萇 ( ようちょう )

publish: 2021-10-26, update: 2026-04-19

章節

標籤

331年-394年。字は景茂。後秦の創建者。武昭帝。姚弋仲の子。姚襄の弟。羌の出身。父の代では前趙、後趙に帰属したが兄・姚襄が前秦と戦い敗死した背景を持つ。前秦に降伏した後は各地を転戦して功績を挙げた。淝水の戦い以後独立し苻堅を殺害した。病没。在位8年。

関連

王敦

266年-324年。字は処仲。王基の子。王導の従兄。司馬睿と共に江東に移った。行政を取り仕切った王導に対して軍権を掌握した。王氏の強権を警戒した司馬睿に忌避されたため、反乱を起こして政敵を粛清した。司馬紹から討伐の勅命が出され、再び反乱を起こしたが病没した。

司馬紹

299年-325年。字は道畿。東晋の第2代皇帝。明帝。司馬睿の第1子。司馬睿の死去により即位する。緊張関係にあった王敦に討伐の勅命を出し、王敦の病死も重なって王敦の乱を収束させた。司馬昭による簒奪の経緯を知り皇統の存続を危ぶんだという。若くして病没。在位2年。

崔慧景

438年-500年。字は君山。崔系之の子。宋の官職を歴任して、蕭道成の信任を得た。蕭鸞の死後、斉の重鎮ゆえに朝廷から警戒され、蕭宝玄を奉じて挙兵した。建康周辺を制圧し蕭宝巻を呉王に降格するが、蕭懿の攻撃を受けて敗死した。

page /opt/build/repo/content/dynasties/384_後秦/hongi/1_394_姚萇.md