姚萇 ( ようちょう )

publish: 2021-10-26, update: 2026-04-19

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331年-394年。字は景茂。後秦の創建者。武昭帝。姚弋仲の子。姚襄の弟。羌の出身。父の代では前趙、後趙に帰属したが兄・姚襄が前秦と戦い敗死した背景を持つ。前秦に降伏した後は各地を転戦して功績を挙げた。淝水の戦い以後独立し苻堅を殺害した。病没。在位8年。

関連

謝安

320年-385年。字は安石。謝裒の第3子。桓温の属官を経て中央へ任官した。桓温が簒奪を企てると王坦之と共に反対し、桓温が病死するまで先延ばし工作をした。前秦の南下を謝石、謝玄らに対応させ、淝水の戦いで大勝させた。晩年は司馬道子と対立して中央を辞した。病没。

高儼

558年-571年。字は仁威。琅邪王。高湛の子。高緯の弟。若くして聡明、剛毅であり、顕職を兼任して強力な権限を持った。専横する和士開を弾劾し処刑せしめたが、軍を動員して高緯に従わなかったため鄴に幽閉された。属官らは捕縛、処刑され、その影響力を恐れた高緯に殺害された。

慕容熙

385年-407年。字は道文。後燕の第4代皇帝。昭文帝。慕容垂の子。慕容盛の死後帝位を継ぐ。皇后の苻訓英ともに贅沢を極め国力を傾けた。苻皇后の死後は精神を病んだ。葬儀のため外出すると高雲に龍城を占拠された。逃亡したが見つかり殺害された。在位6年。

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