元廓 ( げんかく )

publish: 2021-11-06, update: 2026-04-19

537年-557年。西魏の第3代皇帝。恭帝。元宝炬の第4子。元欽が宇文泰に廃位されると代わりに擁立された。宇文泰が死去すると宇文護に譲位を迫られて禅譲した。宇文覚が皇帝に即位し北周を建てると宋公に封じられるが間もなく殺害された。在位2年。

関連

王叡

?-189年。字は通耀。琅邪郡臨沂県の人。琅邪王氏。後漢末期に荊州刺史を務めた。孫堅と共に荊州南部の反乱を鎮圧した。反董卓の動きが起こると不仲だった武陵太守・曹寅の殺害を図ったが、察知した曹寅に罪を偽造され檄文に応じた孫堅に攻められた。自害。

後任の荊州刺史には、董卓の命を受けた劉表が赴任した。

慕容運

生没年不詳。慕容渉帰の子。慕容吐谷渾、慕容廆の弟。事跡に乏しいが子孫は興隆して、孫の慕容永は西燕最後の皇帝となったほか、同じく孫の慕容精、曾孫の慕容勝は姓を豆盧(とうろ)に変えて北魏から隋唐時代にかけて繁栄した。

申鍾

生没年不詳。魏郡魏県の人。後趙に仕えて侍中、司徒を歴任した。石虎の横暴を諫めた争臣としての逸話が残る。冉閔が魏を建国すると、これに従い太尉となった。前燕によって冉閔が滅亡すると、捕縛されて薊に送られるが、許されて慕容儁に登用された。その後の事跡は不明。

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