元廓 ( げんかく )

publish: 2021-11-06, update: 2026-04-19

537年-557年。西魏の第3代皇帝。恭帝。元宝炬の第4子。元欽が宇文泰に廃位されると代わりに擁立された。宇文泰が死去すると宇文護に譲位を迫られて禅譲した。宇文覚が皇帝に即位し北周を建てると宋公に封じられるが間もなく殺害された。在位2年。

関連

慕容宝

355年-398年。字は道祐。後燕の第2代皇帝。恵愍帝。慕容垂の第4子。参合陂の戦いで大敗し衰亡の端緒を作った。慕容垂の死後一族の内紛を抑えられず、北魏の圧力と南燕の自立により中原を失った。失地回復のため北魏と戦うが敗北し配下の蘭汗に殺害された。在位3年。

黄泓

284年?-381年?。字は始長。魏郡斥丘県の人。黄沈の子。永嘉の乱が起こると薊へ避難し、王浚を昏暴と評し慕容廆に仕えた。天文学に通じ、学者として史官や太史令を務めた。その学識から歴代の謀主や参軍などの相談役、軍師職を兼任した。前燕滅亡時まで健在だったが老齢のため前秦には仕えなかった。享年97という。

司馬徳宗

382年-419年。字は徳宗。東晋の第10代皇帝。安帝。司馬曜の第1子。父司馬曜の死後即位する。重度の知的障害者であったとされる。孫恩の乱や桓玄の乱が起こり、桓玄には一時帝位を奪われるが劉裕の助力で復位した。のち劉裕に殺害された。在位22年。

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