慕容運 ( ぼよううん )

publish: 2021-07-29, update: 2026-04-19

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生没年不詳。慕容渉帰の子。慕容吐谷渾、慕容廆の弟。事跡に乏しいが子孫は興隆して、孫の慕容永は西燕最後の皇帝となったほか、同じく孫の慕容精、曾孫の慕容勝は姓を豆盧(とうろ)に変えて北魏から隋唐時代にかけて繁栄した。

関連

禿髪利鹿孤

?-402年。南涼の第2代王。武王。禿髪思復鞬の子。禿髪烏孤の弟。兄の死後王位を継承する。後秦が西秦を滅ぼすと乞伏乾帰の亡命を受け入れた。後秦に対して臣従しつつ後涼と抗争を続けた。病により死去。

元顥

?-529年。字は子明。北海王。元詳の子。六鎮の乱が起こると、侍中、驃騎大将軍、開府儀同三司、相州刺史など強力な軍権をもって対応した。爾朱栄が政変を起こすと、保身を図って梁へ亡命した。蕭衍に皇帝として擁立され洛陽を攻略するが、爾朱栄の反撃に相次いで敗れ戦死した。

姚泓

388年-417年。字は元子。後秦の第3代皇帝。末主。姚興の第1子。弟の姚弼と後継争いのすえ帝位を継ぐが、その後も一族の造反が絶えず、夏や東晋の圧力の前に後秦は一気に衰退した。東晋の王鎮悪の攻撃に降伏し、建康にて処刑された。在位1年。

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