王叡 ( おうえい )

publish: 2021-08-06, update: 2026-04-19

章節

標籤

?-189年。字は通耀。琅邪郡臨沂県の人。琅邪王氏。後漢末期に荊州刺史を務めた。孫堅と共に荊州南部の反乱を鎮圧した。反董卓の動きが起こると不仲だった武陵太守・曹寅の殺害を図ったが、察知した曹寅に罪を偽造され檄文に応じた孫堅に攻められた。自害。

後任の荊州刺史には、董卓の命を受けた劉表が赴任した。

関連

高緯

556年-577年。字は仁綱。北斉の第5代皇帝。後主。高湛の第1子。父高湛から帝位を譲られて即位した。和士開、高阿那肱、穆提婆ら奸臣を重用したため、斛律光、高長恭などの重臣、王族たちが讒言によって粛清された。北周の攻撃を受けて逃亡するが捕われ後に殺害された。在位2年。

元欣

生没年不詳。字は慶楽。北魏の広陵王・元羽の子。節閔帝・元恭の兄。各州の刺史を歴任し、行政に優れた。いくつかの王位の改封を経て広陵王を継いだ。北魏分裂時は元脩に従って関中に入った。西魏宗族では最高位にあり諸王よりも高い格式で礼遇された。宰相職を歴任した。554年以降に病没。

崔琰

163年-216年。字は季珪。冀州清河郡東武城県の人。崔密の子。始め袁紹に仕えたが袁紹が死ぬと袁譚、袁尚のいずれにも出仕せず曹操の招聘に応じた。曹操の魏公封爵とともに尚書となり後に中尉まで昇った。魏王昇爵を賛美する上奏を批判したとして丁儀に讒言され処刑された。直言の士。

/opt/build/repo/content/dynasties/025_後漢/retsuden/189_王叡.md