王叡 ( おうえい )

publish: 2021-08-06, update: 2026-09-12

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?-189年。字は通耀。琅邪郡臨沂県の人。琅邪王氏。後漢末期に荊州刺史を務めた。孫堅と共に荊州南部の反乱を鎮圧した。反董卓の動きが起こると不仲だった武陵太守・曹寅の殺害を図ったが、察知した曹寅に罪を偽造され檄文に応じた孫堅に攻められた。自害。

後任の荊州刺史には、董卓の命を受けた劉表が赴任した。

関連

鄧禹

2年-58年。字は仲華。南陽郡新野県の人。雲台二十八将の筆頭。長安留学中に劉秀の知遇を得た。劉秀が河北へ向かうとこれを追って鄴で合流した。大略を見極め人材輩出に異能を示した。劉秀にとってその大器は貴重なもので、関中遠征など多くの大任を授けられた。太傅、高密侯。

韓遂

?-215年。字は文約。元の名は韓約。辺章とともに涼州での名声が高く、土着する羌、氐の不満分子と結びついて反乱した。皇甫嵩の討伐を退けて、以後、服従と反乱を繰り返して巧みに独立を維持した。曹操の攻略に敗北し、逃走先で斬られたとも病死したともいわれる。享年70余歳。

拓跋珪

371年-409年。北魏の初代皇帝。道武帝。拓跋什翼犍の孫、拓跋寔の子。苻堅の死後自立する。各地を転戦して華北を征服すると北魏を立てて皇帝に即位した。胡漢融合と中央集権を目指した。やがて酒に溺れ精神に異常をきたしたため次男の拓跋紹に殺害された。

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