申鍾
publish: 2021-04-26, update: 2026-04-19
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生没年不詳。魏郡魏県の人。後趙に仕えて侍中、司徒を歴任した。石虎の横暴を諫めた争臣としての逸話が残る。冉閔が魏を建国すると、これに従い太尉となった。前燕によって冉閔が滅亡すると、捕縛されて薊に送られるが、許されて慕容儁に登用された。その後の事跡は不明。
関連
司馬丕
341年-365年。字は千齢。東晋の第6代皇帝。哀帝。司馬衍の第1子。司馬聃の死後即位する。この頃すでに桓温が政治を掌握していた。傀儡同然で顧みるべき政治もなく不老長寿を求めて薬物を濫用し中毒を起こして死去した。在位4年。
陳元達
?-316年。字は長宏。匈奴後部の出身。元の名は高元達。長らく仕官せず学問に傾倒して漢文化に詳しかった。顕職を望まず諫言を行い、劉淵から優遇された。劉聡の堕落とともに疎まれるようになり、太宰・劉易の憤死を知ると、前趙の将来に絶望して自害した。
王粲
177年-217年。字は仲宣。山陽郡高平県の人。王謙の子。後漢の三公を輩出した名家に生まれた。幼いころに董卓の遷都に従い長安へ移住したが、長引く戦乱を避けて荊州へ移った。劉表には遇されず、劉表の死後は劉琮と共に曹操に帰属した。博識で記憶力に優れ、侍中まで昇った。