申鍾 ( しんしょう )

publish: 2021-04-26, update: 2026-04-19

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生没年不詳。魏郡魏県の人。後趙に仕えて侍中、司徒を歴任した。石虎の横暴を諫めた争臣としての逸話が残る。冉閔が魏を建国すると、これに従い太尉となった。前燕によって冉閔が滅亡すると、捕縛されて薊に送られるが、許されて慕容儁に登用された。その後の事跡は不明。

関連

李歆

?-420年。字は士業。西涼の第2代公。後主。李暠の第2子。父の死後公位を継ぐ。父・李暠の政策を継承し東晋に臣従した。刑賞の乱れや財政難を起こし失政が続いた。北涼への遠征を強行するも、逆に北涼の沮渠蒙遜に大敗し捕らえられて処刑された。

華軼

?-311年。字は彦夏。平原郡高唐県の人。華澹の子。魏の太尉・華歆の曾孫。才気と博愛に富み、博士、散騎常侍を務めたほか、司馬越の属官も務めた。永嘉年間には江州刺史となった。勤皇の意志が強く、江南に赴任した司馬睿の人事に従わなかったため、王敦の攻撃を受け、衛展、周広に殺された。

賈復

?-55年。字は君文。南陽郡冠軍県の人。王莽政権では県令を務めた。更始政権における漢中王・劉嘉の校尉となったが、劉嘉の勧めで河北を攻略する劉秀に仕えた。生涯無敗。天下平定後は軍縮に務めた。人となりは剛毅で節義に富むと評される。左将軍、膠東侯。

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