元子攸 ( げんしゆう )

publish: 2021-08-07, update: 2026-04-19

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507年-531年。北魏の第9代皇帝。孝荘帝。元勰の第3子、拓跋宏の甥。孝明帝元詡が胡太后に毒殺され皇統が乱れると、これを正さんと挙兵した爾朱栄に擁立され皇帝に即位した。後に権力を掌握する爾朱栄を殺害するが、爾朱兆、爾朱世隆らの反抗を受けて殺害された。在位3年。

関連

李洪

生没年不詳。渤海郡蓨県の人。李臻の孫。永嘉の乱では潁川郡定陵県に移住し舞陽にて塢壁を築いた。王浚によって雍州刺史に任じられるが、後に慕容皝に帰順した。昇進を重ねて司空まで昇る。前燕滅亡時に長安に送られ駙馬都尉に任じられた。やがて没した。

張豺

?-349年。西晋末期、中原が乱れると割拠して王浚の傘下に入った。王浚の死後は石勒に帰順し、将軍職に任じられた。石虎の後継に石世を推し、石勒の死後、石世を即位せしめた。劉皇太后と共に政治を牛耳るが、石遵が挙兵すると孤立した。石遵に高位を与えて出迎えたが、捕らえられ処刑された。

傅俊

? - 31年。字は子衛。潁川郡襄城県の人。王莽政権で襄城の亭長を務め、劉秀を迎えて校尉となった。このとき母と弟を失い昆陽の戦い以後、服喪のため帰郷した。河北攻略中に邯鄲で合流した。劉秀の皇帝即位時には陰麗華を迎える使者となった。積弩将軍、昆陽侯。

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