元子攸 ( げんしゆう )

publish: 2021-08-07, update: 2026-04-19

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507年-531年。北魏の第9代皇帝。孝荘帝。元勰の第3子、拓跋宏の甥。孝明帝元詡が胡太后に毒殺され皇統が乱れると、これを正さんと挙兵した爾朱栄に擁立され皇帝に即位した。後に権力を掌握する爾朱栄を殺害するが、爾朱兆、爾朱世隆らの反抗を受けて殺害された。在位3年。

関連

景丹

?-26年。字は孫卿。馮翊櫟陽県の人。王莽の頃、上谷郡の吏を務め、劉玄の即位に伴って上谷郡の長史となった。劉秀に従うと偏将軍、奉義侯となり河北平定で大きな功を成した。呉漢に次ぐ軍権を持った。蘇況の討伐を病を押して遂行し、そのまま没した。驃騎大将軍、櫟陽侯。

慕容隆

?-397年。後燕の高陽王。慕容垂の子。兄・慕容農と共に父の進退に従った。苻丕を軍を破るなど各地を転戦、慰撫し、慕容農に次ぐ人望と名声を得た。慕容垂の死後は、一貫して慕容宝を支援した。後継問題を機に謀叛した慕容会に暗殺された。

羅尚

?-310年。字は敬之。羅式の子。羅憲の甥。幼くして父を亡くし叔父の羅憲に養育された。荊州刺史・王戎の参軍を務め、呉征討では王戎の前衛として進軍した。梁州刺史ついで益州刺史を拝命した。難民を統率した李特と対立し、一時は李特を敗死させて優勢となったが、成都を保持し得ず巴郡を拠点とした。病没。

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