羅尚 ( らしょう )

publish: 2021-05-07, update: 2026-04-19

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?-310年。字は敬之。羅式の子。羅憲の甥。幼くして父を亡くし叔父の羅憲に養育された。荊州刺史・王戎の参軍を務め、呉征討では王戎の前衛として進軍した。梁州刺史ついで益州刺史を拝命した。難民を統率した李特と対立し、一時は李特を敗死させて優勢となったが、成都を保持し得ず巴郡を拠点とした。病没。

関連

蕭荘

548年-578年。梁の第8代皇帝。永嘉王。蕭繹の子蕭方等の子。人質として北斉に送られたが、前代の蕭方智が陳霸先に禅譲したとき、北斉の支援を受けて帰還、梁の再興を図る王琳により皇帝に擁立された。陳、北周と交戦するが王琳の敗死により北斉へ亡命した。北斉の滅亡後に病死。

王融

467年-493年。字は元長。名門貴族である琅邪王氏の出身。王道琰の子。竟陵八友の一人。蕭賾の死後、蕭子良を擁立するが、蕭子良に即位の意思はなく、蕭鸞が蕭昭業を奉じて強く反対したため、蕭昭業の即位の後、逮捕され、ほどなく自殺を命じられた。

燕鳳

?-428年。字は子章。代郡の人。学問を修めてその高名を知った拓跋什翼犍に招かれた。長らく応じなかったが半ば強引に礼遇され、左長史に任じられたほか、太子・拓跋寔の教師役となった。代が前秦に併呑されると嫡流の拓跋珪を匿った。拓跋珪が独立すると北魏の中央職を歴任した。

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