張茂
publish: 2021-04-26, update: 2026-04-19
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277年-324年。字は成遜。前涼の第3代君主。成公。張軌の次男。張寔殺害の主犯である劉弘らを処刑した。張寔の子である張駿を後嗣に指定して張寔の後を継いだ。前趙の西進を撃退しつつも前趙へ臣従し、硬軟織り交ぜて自立を保持した。病により死去。在位5年。
関連
宇文憲
544年-578年。字は毗賀突。宇文泰の子。北周建国時に幼くして既に重臣の身であり、益州総管としての治政は善政と評価される。斛律光を相手に善戦し、人心掌握にも優れて人望が厚かった。専横する宇文護の信任を得て朝廷内の調整役を担った。宇文邕の死後、その権威を恐れた宇文贇に殺害された。
拓跋猗盧
?-316年。代の初代王。拓跋沙漠汗の子。鮮卑拓跋部。分割されていた拓跋部を再統一した。并州刺史の司馬騰や劉琨に協力して、一貫して前趙と戦った。司馬鄴により代王に封じられた。後に後継問題を起こし、長子の拓跋六脩に殺された。在位1年、
呂隆
?-416年。字は永基。後涼の第4代天王。末主。呂光の弟・呂宝の子。呂纂が呂超らによって殺害されると呂超らに擁立された。相次ぐ内訌により後秦の侵攻に抗えず、降伏して長安に連行された。後に姚弼の謀反に巻き込まれ姚興に処刑された。