陳元達
publish: 2021-04-25, update: 2026-04-19
章節
標籤
?-316年。字は長宏。匈奴後部の出身。元の名は高元達。長らく仕官せず学問に傾倒して漢文化に詳しかった。顕職を望まず諫言を行い、劉淵から優遇された。劉聡の堕落とともに疎まれるようになり、太宰・劉易の憤死を知ると、前趙の将来に絶望して自害した。
関連
元賛
生没年不詳。広平王。元悌の子。北魏の広平王を継ぎ、驃騎大将軍、開府儀同三司となった。叔父にあたる孝武帝・元脩が関中に入るとこれに従った。元脩が宇文泰に殺害されると皇帝に擁立する動きがあった。司徒、太尉、司空を歴任した。尚書・元烈が宇文泰に殺害されると、不満を漏らす元欽を泣いて諫めた。
拓跋猗盧
?-316年。代の初代王。拓跋沙漠汗の子。鮮卑拓跋部。分割されていた拓跋部を再統一した。并州刺史の司馬騰や劉琨に協力して、一貫して前趙と戦った。司馬鄴により代王に封じられた。後に後継問題を起こし、長子の拓跋六脩に殺された。在位1年、
元恪
483年-515年。北魏の第7代皇帝。宣武帝。拓跋宏の第2子。兄元恂の廃太子により立太子され、父拓跋宏の死後即位した。外戚の高肇の専横により、一族や高官の粛清が絶えなかった。在世中は梁、柔然への軍事行動が活発化した。熱心な仏教徒であった。在位16年。