程遐
publish: 2021-04-26, update: 2026-04-19
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?-333年。石勒の挙兵に従い、早くから長楽郡太守を務めた。妹が石勒に嫁ぎ石弘を生んだため外戚として昇進した。張賓の死後その重職を継いだが、人格や能力は張賓に及ばなかった。石虎の横暴を度々上奏したが聞き入れられず、石勒の死後、石虎に誅殺された。
関連
李雄
274年-334年。巴氐の出身。成漢の創設者。武帝。益州刺史羅尚を撤退させ成都を完全に制圧すると、成都王を称して成漢を成立させた。断続的に東晋と係争し漢中・巴東・寧州を攻略する一方で、前涼の張駿が東晋への臣従を勧めたときには一定の理解を示した。在位は30年に及ぶ。
孫騰
481年-548年。字は龍雀。孫機の子。爾朱栄および高歓に従った。高歓に元朗を擁立するよう勧めた。主に高歓の後背を守った。高歓の信任を得て顕職に昇る一方で、素行の悪さを高歓にしばしば譴責された。病没。四貴の一人。
高演
535年-561年。字は延安。北斉の第3代皇帝。孝昭帝。高歓の第6子。高殷が即位すると、輔弼した楊愔、燕子献、宋欽道を偽勅で処刑し権力を掌握した。太皇太后婁昭君と結託して高殷を廃し自ら皇帝に即位した。落馬で重体となり死期を悟ると弟高湛に帝位を譲った。在位1年。