孫騰
publish: 2021-11-03, update: 2026-04-19
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481年-548年。字は龍雀。孫機の子。爾朱栄および高歓に従った。高歓に元朗を擁立するよう勧めた。主に高歓の後背を守った。高歓の信任を得て顕職に昇る一方で、素行の悪さを高歓にしばしば譴責された。病没。四貴の一人。
関連
崔季舒
?-573年。字は叔正。博陵郡安平県の人。崔瑜之の子。若くして父を失うも学問に頭角を現し、高琛の属官を経て高歓に重用された。元善見の側近となり「我が乳母」と評されるほど信任される一方で、高澄からも厚く信任され大きな発言力を持った。権力闘争著しい朝廷にあって韓鳳の讒言により殺害された。
司馬睿
276年-323年。字は景文。東晋の初代皇帝。元帝。司馬懿の曾孫、司馬伷の孫。父司馬覲が死去すると琅邪王を継ぐ。鄴で司馬穎の監視下に置かれたが脱出して琅邪に帰還した。王導の献策に従い建業へ移った。愍帝が殺害されると皇帝に即位した。五馬王の筆頭。病没。在位6年。
傅亮
374年-426年。字は季友。北地郡霊州県の人。傅玄の来孫。傅瑗の子。東晋の時代に劉裕政権の下で昇進を重ねた。宋が建つと侍中、中書令を歴任した。建国の功臣として建城県公に封じられた。劉義符の廃位に関わり劉義隆を迎えたが、劉義符殺害の罪を問われ処刑された。