孫騰 ( そんとう )

publish: 2021-11-03, update: 2026-04-19

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481年-548年。字は龍雀。孫機の子。爾朱栄および高歓に従った。高歓に元朗を擁立するよう勧めた。主に高歓の後背を守った。高歓の信任を得て顕職に昇る一方で、素行の悪さを高歓にしばしば譴責された。病没。四貴の一人。

関連

慕容超

385年-410年。字は祖明。南燕の第2代皇帝。末主。慕容徳の兄慕容納の子。慕容垂が独立したとき長安に在留した父慕容納は処刑され母段氏は後秦、後涼へ逃亡した。後に慕容徳に迎えられた。慕容徳の死後即位するも失政が続いた。東晋の劉裕に攻撃され捕虜となったのち処刑された。

宇文闡

573年-581年。北周の第5代皇帝。静帝。宇文贇の第1子。宇文贇から譲位され即位する。即位時は僅か7歳であったため、外戚の楊堅の摂政を受けた。前代から既に国内に混乱が見られ、これを収束できないために楊堅から禅譲を迫られ退位した。介国公に封じられるが殺害された。

夔安

?-340年。石勒十八騎の一人。天竺の出身であるが、遼東へ移り住んだ。傭兵稼業をする石勒と共に群盗となり各地を荒らした。石勒、石虎に従って文武を歴任した。晩年には、石鑑、冉閔、李農、張賀度、李菟ら五将を従え、荊州を攻めて東晋に名を響かせた。

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