崔季舒 ( さいきじょ )

publish: 2022-03-08, update: 2026-04-19

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?-573年。字は叔正。博陵郡安平県の人。崔瑜之の子。若くして父を失うも学問に頭角を現し、高琛の属官を経て高歓に重用された。元善見の側近となり「我が乳母」と評されるほど信任される一方で、高澄からも厚く信任され大きな発言力を持った。権力闘争著しい朝廷にあって韓鳳の讒言により殺害された。

蘭京の高澄襲撃時に現場に居合わせた一人で、逃走して厠に隠れた逸話が残る。

関連

拓跋寔

?-371年。拓跋什翼犍の子。拓跋珪の父にあたる。母は慕容皝の娘で太子に立てられた。長孫斤が謀叛を起こして拓跋什翼犍に迫ると、身を挺して遮り深手を追った。長孫斤は捉えられ処刑されたが、予後が悪化し死去した。拓跋珪はその死後に生まれた。

馬武

?-61年。字は子張。緑林軍で早くから劉演、劉玄に従った。劉秀とも協調し、謝躬の配下として昆陽の戦いや河北平定で劉秀を援けた。王郎討伐後は劉秀に従い、以後、多くの前線を受け持った。酒好きで直言する癖があったが、根は謙虚であり敵を作らなかった。捕虜将軍、楊虚侯。

豆盧寧

500年-565年。字は永安。昌黎郡徒河県の人。豆盧萇の子。後燕の北地王・慕容精の玄孫。爾朱天光、侯莫陳悦に順に従い、侯莫陳悦が討たれると宇文泰に従った。身丈八尺、容姿に優れて騎射を得意としたという。功を挙げてなお宇文護の傀儡政権でも失脚せず、楚国公まで昇った。同州刺史として在地で病没。

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