劉湛
publish: 2021-11-23, update: 2026-04-19
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392年-440年。字は弘仁。南陽郡安衆県の人。劉柳の子。前漢の長沙王・劉発の末裔。宰相を志して管仲や諸葛亮に憧れた。劉裕の属官として厚遇を受けた。宋が成ると諸王の属官を務めつつ中央職を昇進した。劉義康が朝廷を専横するとこれを補佐したため、劉義隆に逮捕、処刑された。
関連
沈恪
509年-582年。字は子恭。梁末に蕭暎に仕える。侯景の乱では建康に入城して防戦するが、陥落すると脱出して陳霸先と呼応して挙兵した。陳の将軍職、刺史職を歴任して、侍中まで上った。病没。子の沈法興は隋末の群雄の一人。
沈田子
383年-418年。字は敬光。呉興郡武康県の人。沈穆夫の子。劉裕が桓玄討伐に挙兵すると従った。北伐に従軍したほか、盧循の乱にも対処して功を挙げた。長安占領時は劉義真の下で王鎮悪と共に防御に当たったが、不信を募らせて王鎮悪を殺害した。まもなく王修に殺害された。
鮮于亮
生没年不詳。范陽郡の人。はじめ石虎に仕えたが後趙が段部を攻撃したとき、前燕の奇襲を受けて捕縛された。堂々とした態度が認められそのまま慕容皝に取り立てられた。前燕の高句麗討伐や中原進出では先鋒をになった。章武郡太守、斉郡太守を歴任した。