銚期
publish: 2021-08-15, update: 2026-04-19
?-34年。字は次況。潁川郡郟県の人。銚猛の子。身長八尺二寸。馮異によって推薦され賊曹掾となり薊に赴任した。鄧禹の属官として信任を得て、王郎討伐のほか、銅馬、青犢、赤眉など反乱軍と激戦した。法に厳正で信義があり諫言を行った。衛尉、安成侯。
関連
拓跋宏
467年-499年。北魏の第6代皇帝。孝文帝。拓跋弘の第1子。父拓跋弘の譲位により即位する。馮太后による垂簾聴政により北魏を最盛に導いた。拓跋から元への改姓、平城から洛陽への遷都、九品官人法の部分導入など、漢化と中央集権化を通して胡漢融合を促進した。在位28年。
張祚
?-355年。字は太伯。前涼の第7代君主。威王。張駿の庶長子。張重華の遺詔を隠匿し自らを張耀霊の後見とし権力を掌握する。後に位を簒奪し、王を称した。乱暴で政治を顧みず人心を失ったため、張瓘・宋混らの反乱を招き殺害された。
庾翼
305年-345年。字は稚恭。潁川郡鄢陵県の人。庾琛の子。庾氏の末弟で幼少に一族と共に江南へ逃れた。蘇峻の乱では庾亮配下で善戦したが温嶠のもとへ敗走した。陶侃の属官を経て諸郡の太守を務め、庾亮の死後は荊州刺史として西府軍団を統括した。病没。書家としても高名。