銚期 ( ちょうき )

publish: 2021-08-15, update: 2026-04-19

?-34年。字は次況。潁川郡郟県の人。銚猛の子。身長八尺二寸。馮異によって推薦され賊曹掾となり薊に赴任した。鄧禹の属官として信任を得て、王郎討伐のほか、銅馬、青犢、赤眉など反乱軍と激戦した。法に厳正で信義があり諫言を行った。衛尉、安成侯。

関連

区星

?-187年。賊の頭目だったといい、黄巾の乱以降、治安が悪化すると将軍を自称して長沙郡を中心に荊州南部を荒らした。零陵郡の周朝、桂陽郡の郭石らが同調したが、十常侍の偽勅で長沙太守に任命された孫堅が赴任すると、ひと月余りでまとめて鎮圧された。

乞伏国仁

?-388年。字は烈祖。西秦の創建者。宣烈王。乞伏司繁の子。隴西鮮卑の出身。前秦から南単于に封じられた。淝水の戦いの前、叔父の乞伏歩頽が反乱を起こすと討伐に当たったが、淝水の戦いで前秦が大敗すると慰留されて状況を静観した。苻堅が姚萇により殺害されると独立した。

馮弘

?-438年。字は文通。北燕の第3代天王。昭成帝。馮安の子。馮跋の弟。馮跋が病床に伏せると外戚の宋氏が馮翼の廃嫡を謀ったため乗じて反乱を起こした。馮跋が病没すると天王に即位し馮翼を殺害した。北魏の攻撃を受けて高句麗に亡命するが北魏を恐れる高句麗によって殺害された。

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