和士開 ( わしかい )

publish: 2021-11-05, update: 2026-04-19

章節

標籤

524年-571年。字は彦通。清都郡臨漳県の人。和安の子。西域の商胡(ソグド人)の子孫という。北斉が成ると召されて高湛に寵愛された。高洋に軽薄と評価され長城への徙刑に処され後に許された。高湛の即位後は累進して、高湛の死後は権力を専横した。高儼によって捕縛、処刑された。

関連

庾翼

305年-345年。字は稚恭。潁川郡鄢陵県の人。庾琛の子。庾氏の末弟で幼少に一族と共に江南へ逃れた。蘇峻の乱では庾亮配下で善戦したが温嶠のもとへ敗走した。陶侃の属官を経て諸郡の太守を務め、庾亮の死後は荊州刺史として西府軍団を統括した。病没。書家としても高名。

李威

?-374年。字は伯龍。漢陽郡の人。苻雄の后・苟氏の従弟にあたり寵遇された。苻生の謀殺、苻法の賜死に関った。王猛を推挙した一人であり、苻堅には管仲を知る鮑叔牙と例えられた。太尉、侍中まで昇る。苟氏と私通した記録が残る。

紀瞻

253年-324年。字は思遠。紀陟の子。顧栄や周玘らと共に陳敏の反乱を鎮圧した。江南に駐屯した司馬睿に仕え、王導と共に司馬睿の皇帝即位を推進した。司馬紹から社稷の臣と評され、爵位は臨湘県侯、官職は散騎常侍、驃騎将軍まで昇る。病没。五儁の一人。

page /opt/build/repo/content/dynasties/550_北斉/retsuden/571_和士開.md