和士開 ( わしかい )

publish: 2021-11-05, update: 2026-04-19

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524年-571年。字は彦通。清都郡臨漳県の人。和安の子。西域の商胡(ソグド人)の子孫という。北斉が成ると召されて高湛に寵愛された。高洋に軽薄と評価され長城への徙刑に処され後に許された。高湛の即位後は累進して、高湛の死後は権力を専横した。高儼によって捕縛、処刑された。

関連

司馬丕

341年-365年。字は千齢。東晋の第6代皇帝。哀帝。司馬衍の第1子。司馬聃の死後即位する。この頃すでに桓温が政治を掌握していた。傀儡同然で顧みるべき政治もなく不老長寿を求めて薬物を濫用し中毒を起こして死去した。在位4年。

司馬遹

278年-300年。字は煕祖。司馬衷の子。聡明さを祖父・司馬炎に溺愛されたが、成長と共に学問から遠ざかり、次第に評判を失った。実子のいない賈南風から疎まれ、賈謐と対立した。賈南風によって謀叛の罪を着せられて、廃太子ののち、庶人に落とされた。まもなく賈南風によって暗殺された。

拓跋猗㐌

267年-305年。鮮卑族の中部拓跋部の大人。拓跋沙漠汗の子。叔父の拓跋禄官が拓跋部を三分割すると中部を統治した。北方の諸族を攻略したほか、西晋と結んで勃興した前趙と戦った。大柄で馬が潰れるため牛車に乗っていた。

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