華軼 ( かいつ )

publish: 2021-11-30, update: 2026-04-19

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?-311年。字は彦夏。平原郡高唐県の人。華澹の子。魏の太尉・華歆の曾孫。才気と博愛に富み、博士、散騎常侍を務めたほか、司馬越の属官も務めた。永嘉年間には江州刺史となった。勤皇の意志が強く、江南に赴任した司馬睿の人事に従わなかったため、王敦の攻撃を受け、衛展、周広に殺された。

関連

呂婆楼

生没年不詳。字は広平。略陽郡の人。苻健が後趙から独立すると従った。侍中、尚書など高官を歴任した。苻堅の政変で王猛を推挙し、苻生の殺害に関わった。王猛、強汪、梁平老と共に王佐の才と評された。後涼の呂光は子にあたる。

拓跋紇那

生没年不詳。代の第6代、および第8代王。拓跋猗㐌の子。兄の死後跡を継いだ。後趙の攻撃で不利となり本拠を東木根山から大寧に移すなど勢威を落した。拓跋鬱律の子・拓跋翳槐と王位を巡り、宇文部や賀蘭部を巻き込んで争った。前燕へ亡命した後の事跡は不明。

韋寛

509年-580年。字は孝寛。諱は叔裕とも。京兆郡杜陵県の人。韋旭の子。始め蕭宝寅に属したが、蕭宝寅が反乱すると離反して長孫稚、楊侃、源子恭らの属官を務めた。独孤信と並んで連璧と称された。間諜の扱いに長けて戦わずして斛律光の失脚を決定づけるなど、人間の機微に聡かった。

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