夔安
publish: 2021-04-26, update: 2026-04-19
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?-340年。石勒十八騎の一人。天竺の出身であるが、遼東へ移り住んだ。傭兵稼業をする石勒と共に群盗となり各地を荒らした。石勒、石虎に従って文武を歴任した。晩年には、石鑑、冉閔、李農、張賀度、李菟ら五将を従え、荊州を攻めて東晋に名を響かせた。
- 石勒十八騎とは、後趙の創建者である石勒の黎明期に従った十八人の通称。
関連
蕭子顕
487年-537年。字は景陽。蕭道成の孫。豫章王・蕭嶷の子。斉の寧都県侯。斉末の混乱で危うい立場だったが、蕭衍に保護されて以後、重職を歴任した。学問を修め沈約に称えられた。一方で、傲慢との評が残り、諡には蕭衍から「驕」を贈られた。二十四史の『南斉書』の著者。
王華
385年-427年。字は子陵。琅邪郡臨沂県の人。王廞の子。王恭と王国宝の争いの中で父・王廞が行方不明となり、恩赦を受けるまで逃亡生活の幼少期を過ごした。後に劉裕によって喪中が発せられ、正式に服喪した。劉義隆に仕えて、張邵の失脚後その職務を代行した。
王憲
378年-466年。字は顕則。北海郡劇県の人。前秦の河東郡太守・王休の子。幼くして父を亡くし伯父の王永に従った。王永が慕容永に殺害されると民間に潜伏した。北魏の勢力が伸長すると拓跋珪に礼遇され、并州刺史、北海公まで昇った。病没。享年89歳と長命。