高粛
publish: 2021-11-05, update: 2026-04-19
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541年-573年。字は長恭。蘭陵王。高澄の第4子。若くして都督并州諸軍事と并州刺史を兼任し、突厥や北周を相手に歴戦したが、その威名を恐れた高緯から毒薬を賜り自殺した。勇猛さは『蘭陵王入陣曲』として残り、美貌と悲劇的末路から伝説となった。高長恭の名で知られる。
関連
陳慶之
484年-539年。字は子雲。斉代から蕭衍に仕え、梁が建つと武功を重ねて昇進した。北魏の北海王・元顥を擁して北伐し洛陽を占領した。爾朱栄の反攻により洛陽を追われるが、その後も北魏戦線を支えた。武芸には疎かったが指揮官として非凡で、身に纏った白袍を畏怖された。病没。
蕭昭業
473年-494年。字は元尚。蕭斉の第3代皇帝。鬱林王。蕭賾の子蕭長懋の第1子。皇太子であった父蕭長懋の死後、皇太孫に立てられた。蕭賾の死後皇帝に即位した。父と祖父が相次いで病没したため、蕭子良、蕭鸞の輔弼を受けた。蕭鸞と対立して殺害された。在位1年。
李雄
274年-334年。巴氐の出身。成漢の創設者。武帝。益州刺史羅尚を撤退させ成都を完全に制圧すると、成都王を称して成漢を成立させた。断続的に東晋と係争し漢中・巴東・寧州を攻略する一方で、前涼の張駿が東晋への臣従を勧めたときには一定の理解を示した。在位は30年に及ぶ。