李威
publish: 2021-10-13, update: 2026-04-19
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?-374年。字は伯龍。漢陽郡の人。苻雄の后・苟氏の従弟にあたり寵遇された。苻生の謀殺、苻法の賜死に関った。王猛を推挙した一人であり、苻堅には管仲を知る鮑叔牙と例えられた。太尉、侍中まで昇る。苟氏と私通した記録が残る。
関連
達奚武
504年-570年。字は成興。代郡の人。達奚長の子。汧城鎮の生まれで北鎮の乱が起こると賀抜岳の部将となった。賀抜岳が侯莫陳悦に殺されると宇文泰に従い官爵を進めた。東魏戦線のほか南征を行って梁の漢中を攻略するなど、長らく軍務を務めて功績を挙げ続けた。北周成立後も太傅まで昇った。
李農
?-350年。後趙の司空。石虎の死後、張豺と敵対し、張挙に助けられて石遵に従った。冉閔に同調して石遵の廃位に関わったため、内外に政敵を作った。冉閔が帝位につくと斉王に封じられたが、最後はその権勢を恐れた冉閔に誅殺された。
和士開
524年-571年。字は彦通。清都郡臨漳県の人。和安の子。西域の商胡(ソグド人)の子孫という。北斉が成ると召されて高湛に寵愛された。高洋に軽薄と評価され長城への徙刑に処され後に許された。高湛の即位後は累進して、高湛の死後は権力を専横した。高儼によって捕縛、処刑された。