李威
publish: 2021-10-13, update: 2026-04-19
章節
標籤
?-374年。字は伯龍。漢陽郡の人。苻雄の后・苟氏の従弟にあたり寵遇された。苻生の謀殺、苻法の賜死に関った。王猛を推挙した一人であり、苻堅には管仲を知る鮑叔牙と例えられた。太尉、侍中まで昇る。苟氏と私通した記録が残る。
関連
元欣
生没年不詳。字は慶楽。北魏の広陵王・元羽の子。節閔帝・元恭の兄。各州の刺史を歴任し、行政に優れた。いくつかの王位の改封を経て広陵王を継いだ。北魏分裂時は元脩に従って関中に入った。西魏宗族では最高位にあり諸王よりも高い格式で礼遇された。宰相職を歴任した。554年以降に病没。
拓跋鬱律
?-321年。代の第4代王。拓跋弗の子。拓跋猗盧の死後、相続が混乱すると代王に擁立された。各地へ遠征し西は烏孫、東は勿吉を攻略し、鮮卑を北方最強たらしめた。前趙、後趙とも敵対し、前涼の朝貢を受け、東晋の爵位を拒絶した。拓跋猗㐌の妻・惟氏に殺害された。
蕭琮
生没年不詳。字は温文。後梁の第3代皇帝。後主。蕭巋の第1子。父蕭巋の死後即位した。陳への侵攻を前に後梁の監視体制を強化する楊堅によって長安に呼び出され、本国は次第に換骨奪胎された。後梁が併合された後も重用され梁公に封じられるが、後に楊広の猜疑を受けて病没した。