劉琨 ( りゅうこん )

publish: 2021-04-24, update: 2026-04-19

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271年-318年。字は越石。劉蕃の子。漢の中山靖王・劉勝の末裔。司馬倫に従ったが司馬冏に許された。司馬騰が劉淵に敗れて晋陽から鄴へ移転すると、司馬越によって并州刺史に任じられ鮮卑と修好して前趙と争った。西晋滅亡後も并州を維持したが、段匹磾に殺害された。

関連

禿髪烏孤

?-399年。南涼の創建者。武王。禿髪思復鞬の子。鮮卑禿髪部の出身。後涼に従ったが勢力を拡大させ続けた。呂光は禿髪烏孤の勢力を恐れて官位をもって懐柔しようとしたが応じず、王位を自称して独立した。落馬が原因で死去。

李流

248年-303年。巴氐の出身。兄の李特に従い流民と共に転戦した。李特が戦死すると李特の勢力は大きく動揺したが、甥の李雄らの武勇もあって羅尚を救援する荊州軍を撤退させた。しかしまもなく病が篤くなり、李雄を後継者に指名して死去した。兄李特の戦死から僅か七ヶ月後であった。

蕭子顕

487年-537年。字は景陽。蕭道成の孫。豫章王・蕭嶷の子。斉の寧都県侯。斉末の混乱で危うい立場だったが、蕭衍に保護されて以後、重職を歴任した。学問を修め沈約に称えられた。一方で、傲慢との評が残り、諡には蕭衍から「驕」を贈られた。二十四史の『南斉書』の著者。

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