高雲 ( こううん )

publish: 2021-11-06, update: 2026-04-19

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?-409年。字は子雨。北燕の初代天王。恵懿帝。高抜の子。高句麗の王族出身。慕容宝の養子となり慕容雲を名乗った。慕容熙の死後、馮跋に擁立されて燕王となる。北魏との関係は悪化したが高句麗との関係は好転した。寵臣の離班、桃仁に殺害された。後燕の5代皇帝とも解釈される。

関連

景丹

?-26年。字は孫卿。馮翊櫟陽県の人。王莽の頃、上谷郡の吏を務め、劉玄の即位に伴って上谷郡の長史となった。劉秀に従うと偏将軍、奉義侯となり河北平定で大きな功を成した。呉漢に次ぐ軍権を持った。蘇況の討伐を病を押して遂行し、そのまま没した。驃騎大将軍、櫟陽侯。

李弼

494年-557年。字は景和。遼東郡襄平県の人。李永の子。爾朱天光に従って関中に入り軍功を立てた。勇猛であり常に先鋒を務めたため、当たるもの無しと恐れられた。賀抜岳を殺害した侯莫陳悦に宇文泰への降伏を促したが、入れられなかったため自身は宇文泰に降伏した。東魏戦線を転戦して西魏の重鎮となる。病没。

李蕩

?-303年。字は仲平。李特の子。父に従って益州に入り、李特が羅尚と対立すると共に戦った。羅尚の奇襲により李特が戦死した後も、李流の指揮下で抗戦した。羅尚の勢力を覆す善戦をしたが傷がもとで没した。学問に通じ容姿が美しかった。

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