王羲之 ( おうぎし )

publish: 2021-04-25, update: 2026-04-19

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303年-361年。字は逸少。王曠の子。王導、王敦の従兄弟甥。人格と才覚を評価されて度々要職へ任官されたが、その度に辞退し地方官への任官を望んだ。後に会稽郡に移住し悠々自適と精進の中から楷書・行書・草書の各書を確立させた。書の芸術性を見出したとされ書聖と称される。

関連

宋混

?-361年。字は玄一。敦煌郡の人。代々、当地の豪族で、張重華の代に驃騎将軍まで昇る。忠義に厚く、人望を集めた。張祚の誅殺を掲げて張瓘が挙兵すると、呼応して挙兵し張祚を処刑した。張重華の末子・張玄靚を推戴し輔弼した。張瓘を害意を察知して決起し、張瓘を敗走させて自害に追いやった。病没。

司馬亮

?-291年。字は子翼。汝南王。司馬懿の第3子。八王の一人。宗族の長老的存在。賈南風と結託した司馬瑋が専横を揮った楊駿を粛清すると、衛瓘と共に執政にあたったが、賈南風や司馬瑋と対立し殺害された。第2子・司馬矩の子孫は、東晋の汝南王として存続した。

高恒

570年-578年。北斉の第6代皇帝。幼主。高緯の第1子。北周の攻撃により首都鄴の包囲が差し迫ると、父高緯から帝位を譲られて即位した。青州に逃亡するが捕えられた。北周により温国公に封じられるが、穆提婆が反乱の罪を問われると、連座して処刑された。

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