王羲之 ( おうぎし )

publish: 2021-04-25, update: 2026-04-19

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303年-361年。字は逸少。王曠の子。王導、王敦の従兄弟甥。人格と才覚を評価されて度々要職へ任官されたが、その度に辞退し地方官への任官を望んだ。後に会稽郡に移住し悠々自適と精進の中から楷書・行書・草書の各書を確立させた。書の芸術性を見出したとされ書聖と称される。

関連

甘英

生没年不詳。字は崇蘭。西域都護・班超によってローマとの国交を樹立するために大使として派遣された。条支に至って大海に阻まれ任務を断念した。大海がカスピ海、ペルシャ湾、地中海のいずれを指すかは明らかではない。ローマへ到達できなかったものの西方を伝える貴重な情報となった。

慕容忠

?-386年。西燕の第5代皇帝。慕容泓の子。慕容瑤の死後、慕容永に擁立された。建武と改元して聞喜まで東進を進め燕熙城を築いて拠点とした。まもなく刁雲に殺害された。

庾冰

296年-344年。字は季堅。庾琛の子。一族と共に江南に移り、華軼の討伐に功を成した。蘇峻の乱では敗退して王舒の属官を務めたが、乱の鎮圧後は荊州に赴任する兄に代わって中央職を歴任した。幼帝の即位と後見を巡って何充と争った。庾翼の後援として江州刺史となった。病没。

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