庾冰
publish: 2021-07-10, update: 2026-04-19
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296年-344年。字は季堅。庾琛の子。一族と共に江南に移り、華軼の討伐に功を成した。蘇峻の乱では敗退して王舒の属官を務めたが、乱の鎮圧後は荊州に赴任する兄に代わって中央職を歴任した。幼帝の即位と後見を巡って何充と争った。庾翼の後援として江州刺史となった。病没。
関連
司馬乂
277年-304年。字は士度。長沙王。司馬炎の第6子。八王の一人。兄・司馬瑋が罪に問われたとき連座したが、三王起義に加わり中央に戻った。司馬冏が悪政を行うと、司馬顒に協力して司馬冏を捕縛した。まもなく司馬顒、司馬穎と対立し戦況は優位に進んだが、降伏を望む司馬越に裏切られ殺害された。
元欽
525年-554年。西魏の第2代皇帝。廃帝。元宝炬の第1子。元宝炬の死後即位した。宇文泰の殺害を画策し、元育、元賛に諫められるも、露見して廃位された。宇文泰によって雍州に監禁されたのち殺害された。在位3年。
李虎
?-551年。字は文彬。李天錫の子。代郡武川鎮の人。六鎮の乱では賀抜岳に従い、賀抜岳の死後は宇文泰に従った。西魏の武将として各地に従軍し、少保、隴西郡公まで昇る。病没。孫の李淵は唐の皇帝となった。北周から唐国公が贈られ後の唐の国号となった。