庾冰 ( ゆひょう )

publish: 2021-07-10, update: 2026-04-19

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296年-344年。字は季堅。庾琛の子。一族と共に江南に移り、華軼の討伐に功を成した。蘇峻の乱では敗退して王舒の属官を務めたが、乱の鎮圧後は荊州に赴任する兄に代わって中央職を歴任した。幼帝の即位と後見を巡って何充と争った。庾翼の後援として江州刺史となった。病没。

関連

斛斯椿

495年-537年。字は法寿。斛斯敦の子。爾朱栄の配下として転戦して爾朱氏から信任を得た。韓陵の戦いでは高歓を討つために戦うが、敗北後は寝返って爾朱彦伯、世隆兄弟を襲撃して殺害した。後に高歓に対して不安を抱き、保身から元脩と高歓の対立を煽った。西魏の重職を歴任して病没。

長孫嵩

358年-437年。長孫仁の子。代の南部大人。代が前秦に滅ぼされると劉庫仁に従った。拓跋珪が独立すると再び南部大人となり、柔然、後燕、東晋を相手に歴戦して、北魏初期の軍事を支えた。北魏3代に仕えた。病没。武廟六十四将に数えられる。

謝霊運

385年-433年。字は宣明。陳郡陽夏県の人。謝瑍の子。謝玄の孫。東晋の康楽公を継いだが、宋では侯に降格された。永嘉郡太守、秘書監、侍中を務めながらも度々辞職し詩作に没頭した。隠遁しつつも生活は豪勢で、騒乱の罪を得て広州に流刑された。道中、脱走の容疑で処刑された。

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