韋寛 ( いかん )

publish: 2022-02-27, update: 2026-04-19

509年-580年。字は孝寛。諱は叔裕とも。京兆郡杜陵県の人。韋旭の子。始め蕭宝寅に属したが、蕭宝寅が反乱すると離反して長孫稚、楊侃、源子恭らの属官を務めた。独孤信と並んで連璧と称された。間諜の扱いに長けて戦わずして斛律光の失脚を決定づけるなど、人間の機微に聡かった。

諱がぶれるために、一般には字で韋孝寛と通称される。

関連

司馬衍

321年-342年。字は世根。東晋の第3代皇帝。成帝。司馬紹の第1子。司馬紹の死後即位する。蘇峻の乱では建康が陥落したときに身柄を拘束されるが、乱が鎮圧されると建康に戻った。幼くして即位したため政治は王導、庾亮、温嶠らによって為された。若くして病没。在位17年。

謝朓

464年-499年。字は玄暉。陳郡陽夏県の人。謝緯の子。蕭賾の治世に出仕し諸王や重臣の属官を経て蕭鸞に大いに信任された。岳父・王敬則が反乱するとその計画を告発した。江祏の反乱への加担を拒否したため露見を恐れた蕭遙光、江祏らに殺害された。山水詩を洗練させた名人。

任昉

460年-508年。字は彦昇。楽安郡博昌県の人。任遙の子。丹陽尹の主簿となって後に蕭子良の属官に転じた。蕭鸞の不興を買って一時、不遇となるが、蕭衍が政権を握ると禅譲の詔勅などを書き上げた。文筆に優れて「任筆沈詩」と詩にすぐれた沈約と比較して評価された。交際が豊富で財産に執着しなかったという。

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