韋寛
publish: 2022-02-27, update: 2026-04-19
509年-580年。字は孝寛。諱は叔裕とも。京兆郡杜陵県の人。韋旭の子。始め蕭宝寅に属したが、蕭宝寅が反乱すると離反して長孫稚、楊侃、源子恭らの属官を務めた。独孤信と並んで連璧と称された。間諜の扱いに長けて戦わずして斛律光の失脚を決定づけるなど、人間の機微に聡かった。
諱がぶれるために、一般には字で韋孝寛と通称される。
関連
莫護跋
生没年不詳。三国時代の鮮卑の大人。慕容部の始祖。慕容廆の曾祖父にあたる。司馬懿が遼東で自立する公孫淵を討伐したおり、協力して率義王に封じられた。以後、遼西に居住し勢力を築いた。
呉明徹
512年-578年。字は通昭。呉樹の子。梁に仕えて各武官職、刺史を歴任した。侯景の乱では陳霸先の信用を得て、陳の建国後さらに累進した。北伐を行い淮南を回復するが、三度に渡る呂梁の戦いの結果、北周に敗れて捕縛され、長安へ連行された。長安にて病没。
杜預
222年-284年。字は元凱。杜畿の孫、杜恕の子。前漢の御史大夫・杜周の末裔。蜀、呉の討伐に深く関わった。政策に無駄がなく杜武庫の異名をとった。破竹の勢いの語源を残した。春秋左氏伝を研究した学者でもある。武廟六十四将の一人。詩聖・杜甫は末裔に当たる。