韋叡 ( いえい )

publish: 2021-11-02, update: 2026-04-19

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442年-520年。字は懐文。韋祖帰の子。前漢の丞相・韋賢の末裔。関中の名族。東晋の劉裕が後秦を滅ぼしたとき先祖が江南へ移民した。軍事行政共に疎漏がなく、人格は謹厳で常に周囲から敬慕された。宋、斉、梁の3王朝に仕えて、侍中、車騎将軍まで昇る。病没。

関連

顧雍

168年-243年。字は元歎。呉郡呉県の人。父の名は不明。蔡邕に師事した。後漢の合肥県令を初め地方官を務めたのち孫権に仕えた。十九年の長期にわたり丞相を務めた。寡黙、公正で孫権には顧公が酒席にいると人々は楽しめないとまで言わしめた。諡は粛。醴陵侯。次子の顧裕が継いだ。

虞翻

164年-233年。字は仲翔。会稽郡餘姚県の人。虞歆の子。会稽太守だった頃の王朗に仕えたのち孫策、孫権に仕えた。古の狂直と評され多くの不快な行跡から孫権の怒りを買って追放同然で交州に左遷された。易経に精通して『易注』を著したほか、天文や医学にも通じる博学であった。

元脩

510年-535年。北魏の第13代皇帝。孝武帝、または出帝。元恪の甥、元懐の第3子。乱れる北魏朝廷を避けて農村に身を隠したが、元朗が高歓に廃されると代わりに擁立された。高歓の傀儡であることを恐れて宇文泰を頼り北魏を分裂させた。後に宇文泰に殺害された。

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