桓玄
publish: 2021-08-06, update: 2026-04-19
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369年-404年。字は敬道。桓温の庶子、末子。司馬道子が専横すると、王恭、殷仲堪に呼応して挙兵した。挙兵は失敗するも自身は西府軍団の掌握に成功した。孫恩の乱では鎮圧を通して司馬元顕、劉牢之を除き、朝廷を掌握した。司馬徳宗を廃して皇帝を称し国号を楚とするが、劉裕の攻撃を受けて逃亡中に殺害された。
関連
阮瑀
?-212年。字は元瑜。陳留郡の人。蔡邕に師事し奇才の評価を得た。曹操に仕えて司空軍謀祭酒を務めた。文章に優れて数々の公文書の起草に携わったが、詩の評価は高くない。建安の七子の一人。子の阮籍、孫の阮咸はともに竹林の七賢に数えられる。
元顥
?-529年。字は子明。北海王。元詳の子。六鎮の乱が起こると、侍中、驃騎大将軍、開府儀同三司、相州刺史など強力な軍権をもって対応した。爾朱栄が政変を起こすと、保身を図って梁へ亡命した。蕭衍に皇帝として擁立され洛陽を攻略するが、爾朱栄の反撃に相次いで敗れ戦死した。
蕭道成
427年-482年。字は紹伯。蕭斉の初代皇帝。高帝。蕭承之の子。寒門の出身。劉彧の代から勢力を強め、劉昱の代には各地の反乱を鎮圧して独裁を確立した。危惧した劉昱に誅殺を計画されるが先手を打って劉昱を殺害、沈攸之、袁粲ら反対勢力を滅ぼして、皇帝に即位した。在位3年。