呉明徹
publish: 2021-11-03, update: 2026-04-19
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512年-578年。字は通昭。呉樹の子。梁に仕えて各武官職、刺史を歴任した。侯景の乱では陳霸先の信用を得て、陳の建国後さらに累進した。北伐を行い淮南を回復するが、三度に渡る呂梁の戦いの結果、北周に敗れて捕縛され、長安へ連行された。長安にて病没。
関連
蕭宝巻
483年-501年。字は智蔵。蕭斉の第6代皇帝。東昏侯。蕭鸞の第2子。蕭鸞の死後皇帝に即位した。奇行が多く、補佐する重臣や諫言する高官を殺害した。反乱した蕭衍に殺害された。暴君と評価される。女性の美しい歩みを例えた金蓮歩の故事が残る。在位3年。
元顥
?-529年。字は子明。北海王。元詳の子。六鎮の乱が起こると、侍中、驃騎大将軍、開府儀同三司、相州刺史など強力な軍権をもって対応した。爾朱栄が政変を起こすと、保身を図って梁へ亡命した。蕭衍に皇帝として擁立され洛陽を攻略するが、爾朱栄の反撃に相次いで敗れ戦死した。
韋叡
442年-520年。字は懐文。韋祖帰の子。前漢の丞相・韋賢の末裔。関中の名族。東晋の劉裕が後秦を滅ぼしたとき先祖が江南へ移民した。軍事行政共に疎漏がなく、人格は謹厳で常に周囲から敬慕された。宋、斉、梁の3王朝に仕えて、侍中、車騎将軍まで昇る。病没。