鮮于亮
publish: 2021-07-29, update: 2026-04-19
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生没年不詳。范陽郡の人。はじめ石虎に仕えたが後趙が段部を攻撃したとき、前燕の奇襲を受けて捕縛された。堂々とした態度が認められそのまま慕容皝に取り立てられた。前燕の高句麗討伐や中原進出では先鋒をになった。章武郡太守、斉郡太守を歴任した。
関連
李農
?-350年。後趙の司空。石虎の死後、張豺と敵対し、張挙に助けられて石遵に従った。冉閔に同調して石遵の廃位に関わったため、内外に政敵を作った。冉閔が帝位につくと斉王に封じられたが、最後はその権勢を恐れた冉閔に誅殺された。
梁冀
?-159年。字は伯卓。安定郡烏氏県の人。梁商の子。酒と遊びを好み学問に疎かったが、二人の妹を皇后としたため、侍中、執金吾、河南尹などを歴任し父の死後は大将軍を継いだ。性は傲慢、強欲であり朝政を壟断し質帝・劉纘から跋扈将軍と揶揄された。皇帝の弑逆など数々の悪事が残る。桓帝と謀った単超らに逮捕され自害した。
馮跋
?-430年。字は文起。北燕の第2代天王。文成帝。馮安の子。慕容熙の不信を得て一時隠遁していたが、皇后苻訓英の葬儀の隙をつき高雲を擁立して慕容熙を処刑した。高雲が殺害されると群臣に推戴されて天王を称した。治政は安定したが晩年は後継争いが起きた。病没。