蕭懿
publish: 2021-08-09, update: 2026-04-19
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?-500年。字は元達。蕭順之の子。蕭衍の兄。斉宗室の族類。各州の諸軍事、刺史を歴任した。時は蕭宝巻の乱世で、裴叔業、崔慧景の反乱を次々と鎮撫した。蕭宝巻へ忠誠的であったが、独立、謀反を勧める周囲の動きも多く、讒言を信じた蕭宝巻に死を命じられた。
関連
乞伏暮末
?-431年。西秦の第4代の王。乞伏熾磐の子。乞伏熾磐の死後王位を継承した。北涼の攻撃により北魏への帰順を画策するが果たされなかった。夏の攻撃に降伏し、まもなく赫連定に殺害された。在位3年。
蕭子良
460年-494年。字は雲英。竟陵王。蕭賾の第2子。斉代随一の文化人で各種の書物や仏典に通じた。自邸である鶏籠山の西邸には当時の文人たちが多く集まり、著名人は竟陵八友と称される。蕭賾の死後、王融らに擁立される動きがあったが、権力闘争を避け実現しなかった。間もなく死去。
乞伏熾磐
?-428年。字は太祖。西秦の第3代の王。文昭王。乞伏乾帰の子。南涼の人質となっていたが、後に父乞伏乾帰の下に出奔する。西秦が復興すると立太子される。父が乞伏公府に殺害されると乞伏公府を殺害し王位を継承した。南涼を滅ぼし北涼と抗争した。病没。在位16年。