謝安
publish: 2021-04-25, update: 2026-04-19
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320年-385年。字は安石。謝裒の第3子。桓温の属官を経て中央へ任官した。桓温が簒奪を企てると王坦之と共に反対し、桓温が病死するまで先延ばし工作をした。前秦の南下を謝石、謝玄らに対応させ、淝水の戦いで大勝させた。晩年は司馬道子と対立して中央を辞した。病没。
関連
司馬冏
?-302年。字は景治。斉王。司馬昭の孫。司馬攸の子。八王の一人。司馬倫に協力して賈氏一族を滅ぼすが、後に司馬倫から軽んじられた。司馬倫が暴政を行うと、司馬穎、司馬顒らと決起して司馬倫を退位させ、司馬衷を復位させた。司馬顒が挙兵すると洛陽で呼応した司馬乂によって捕縛され、処刑された。
朱儁
?-195年。字は公偉。会稽郡上虞県の人。郡県の吏人を経て孝廉に挙がり、蘭陵県令、交州刺史、諫議大夫と昇進した。黄巾の乱以後は、反乱鎮圧に転戦して顕官を歴任した。董卓が長安へ遷都すると独自路線をとって陶謙、孔融らの支持を得た。董卓の死後、再度入朝して李傕らを調停したが、郭汜に囚われて間もなく病没した。
爾朱栄
493年-530年。字は天宝。爾朱新興の子。李崇の配下として六鎮の乱以降、頭角を現した。胡太后が元詡を殺害すると、高歓を先鋒として洛陽を攻撃し、胡太后らを処刑した。元子攸を擁立して、娘を娶らせると外戚として専横を強めた。帝位簒奪も目前であったが、元子攸に殺害された。