謝安
publish: 2021-04-25, update: 2026-08-13
320年-385年。字は安石。謝裒の第3子。桓温の属官を経て中央へ任官した。桓温が簒奪を企てると王坦之と共に反対し、桓温が病死するまで先延ばし工作をした。前秦の南下を謝石、謝玄らに対応させ、淝水の戦いで大勝させた。晩年は司馬道子と対立して中央を辞した。病没。
関連
夏侯徽
211年-234年。沛国譙県の人。字は媛容。夏侯尚の娘。夏侯玄の妹。司馬師の妻。母は曹真の妹で曹爽は従兄にあたる。つねに見識と度量があったと評価される。夫・司馬師との不和により死を賜った。司馬師の後妻・羊太后の働きかけで皇后を追贈された。諡は懐。景懐皇后。
元法僧
454年-536年。元鍾葵の子。拓跋珪の第3子・拓跋煕の曾孫。益州刺史に任じられるが統治は拙く、徐州刺史に転任した。元叉による粛清を恐れて、彭城にて挙兵し、皇帝を自称した。梁に救援を求め、北魏と戦いつつ梁へ亡命した。梁の武帝・蕭衍によって東魏王に封じられるが、間もなく病没した。
元善見
524年-552年。東魏唯一の皇帝。孝静帝。拓跋宏の曾孫。元懌の孫。元亶の第1子。元脩が高歓の排除に失敗して宇文泰を頼ると、洛陽には皇帝が不在となったため高歓に擁立された。高歓の傀儡であり実権は高澄、高洋へ継がれた。高澄の誅殺を計画するが失敗し、高洋に禅譲した。