慕輿虔
publish: 2021-07-29, update: 2026-04-19
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生没年不詳。前燕の中軍将軍。零陵公。慕容恪が東晋領の洛陽を攻略したとき、降将であった沈勁を助命しようとした慕容恪を諫めた。その他の事跡は不明。
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爾朱栄
493年-530年。字は天宝。爾朱新興の子。李崇の配下として六鎮の乱以降、頭角を現した。胡太后が元詡を殺害すると、高歓を先鋒として洛陽を攻撃し、胡太后らを処刑した。元子攸を擁立して、娘を娶らせると外戚として専横を強めた。帝位簒奪も目前であったが、元子攸に殺害された。
王僧弁
?-555年。字は君才。王神念の子。父の代に北魏から梁へ亡命した。蕭繹に仕えて竟陵郡太守となった。侯景の乱では、蕭誉を討伐し、次いで陳霸先と協力して建康の奪還に成功した。蕭繹が江陵で敗死すると、帝位の正統を廻って陳霸先と対立し、陳霸先に殺害された。
夔安
?-340年。石勒十八騎の一人。天竺の出身であるが、遼東へ移り住んだ。傭兵稼業をする石勒と共に群盗となり各地を荒らした。石勒、石虎に従って文武を歴任した。晩年には、石鑑、冉閔、李農、張賀度、李菟ら五将を従え、荊州を攻めて東晋に名を響かせた。