謝晦
publish: 2021-08-08, update: 2026-04-19
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390年-426年。字は宣明。陳郡陽夏県の人。陳郡謝氏の出身で謝安の兄・謝拠の曾孫。東晋朝廷を掌握する劉裕に従い北伐、土断を行った。劉裕の死後、劉義符の補佐を任されたが、劉義隆擁立の政変に関わった。徐羨之らと共に政権を握り荊州刺史となるが、劉義符殺害の罪を問われ檀道済の討伐を受けた。刑死。
関連
司馬休之
?-417年。字は季豫。譙王の司馬恬の子。司馬懿の弟・司馬進の来孫にあたる。荊州刺史を務めたが桓玄に追われて南燕に亡命し、桓玄の滅亡後に帰国した。後秦や北魏の支援を受けて劉裕と敵対するが、敗れて長安に逃れ、続けて後秦が滅びると北魏の庇護を受けた。病没。
皇甫真
生没年不詳。字は楚季。安定郡朝那県の人。慕容廆に招かれて出仕した。慕容皝の不興を買って一時は免官となるが、後に復職し文武両道を示した。増長する慕輿根を痛烈に批判し慕容恪へ誅殺を促した。司空、太尉などの高位を歴任したが凋落の大勢は変えられなかった。前燕滅亡後は前秦の奉車都尉に任じられた。病没。
蓋延
?-39年。字は巨卿。漁陽郡要陽県の人。身長八尺、三百斤の強弓を引いた肉体の持ち主。漁陽太守・彭寵の下で営尉、護軍都尉を兼任した。彭寵とともに劉秀に従い偏将軍、列侯となった。将軍職の上位にあり多くの遠征を指揮した一方で、血気盛んで非法が多かった。虎牙大将軍、安平侯。