高歓 ( こうかん )

publish: 2021-11-03, update: 2026-04-19

章節

標籤

496年-547年。字は賀六渾。高樹生の子。懐朔鎮の出身。六鎮の乱では杜洛周や葛栄に従い、最終的に爾朱栄に属した。爾朱栄の死後は爾朱氏の内訌を収めて北魏の実権を握った。元脩の出奔後は元善見を擁立して西魏と度々争うが大勢は拮抗した。病没。

関連

陳霸先

503年-559年。字は興国。陳の初代皇帝。武帝。陳文賛の子。潁川陳氏の陳寔の末裔。蕭繹に従って王僧弁と共に侯景を討った。蕭淵明の即位を巡って王僧弁と対立し、王僧弁を討って蕭方智を復位させた。まもなく蕭方智に禅譲を迫って皇帝に即位し陳を建てた。在位2年。

赫連定

?-432年。夏の第3代皇帝。赫連勃勃の第5子。兄赫連昌が北魏に捕らえられると即位した。残党を糾合して一時は関中やオルドス地方を奪還するが北魏の逆襲を受けて失地回復は成らなかった。北魏に圧されて西秦を滅ぼすが吐谷渾の攻撃により捕縛され北魏に送られて処刑された。

王戎

234年-305年。字は濬沖。王雄の孫、王渾の子。琅邪王氏。魏、晋の官職を歴任した。呉討伐の一軍を率いるなど大きな功績を残す一方で、職権乱用、軍法違反、贈賄などの容疑を受けた。処世に巧みで、積極的に政治力を発揮しないことで寿命を全うした。竹林の七賢の一人に数えられる。

/opt/build/repo/content/dynasties/534_東魏/retsuden/547_高歓.md