慕容吐谷渾 ( ぼようとよくこん )

publish: 2021-07-29, update: 2026-04-19

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246年-317年。鮮卑慕容部の人。慕容渉帰の子。慕容廆の兄。庶長子であったため嫡子とされず、部族を分け与えられた。嫡子の慕容廆との対立を避け西へ移住した。部族は陰山、枹罕に至り、後に子孫は西零、甘松に移って吐谷渾を国名とする独立勢力を築いた。

関連

元愉

487年(以前)-508年。字は宣徳。京兆王。拓跋宏の子。徐州刺史を務め中書監となる。違法な徴収を行い杖罰を受け、冀州刺史に転出した。弟・元懐との対抗意識が強く、冀州にて反乱を起こし皇帝を称した。李平の討伐を受けると連敗して捕縛された。洛陽へ送還中に野王にて死去。高肇に殺されたとも。子は助命され、後に皇籍に戻された。

司馬懿

179年-251年。字は仲達。河内郡温県孝敬里の人。司馬防の子。曹丕、曹叡の信任を得て主に対蜀戦線で実績を残し魏の軍権の頂点に昇りつめた。高平陵の変をもって曹爽ら政敵を粛清し魏晋革命の先駆けとなった。晋が成立してその始祖として祭られた。諡は宣。

竇憲

?-92年。字は伯度。扶風平陵県の人。竇勛の子。竇融の曾孫。妹を劉炟の皇后として外戚となった。妹の寵臣・劉暢を暗殺して逮捕された。刑務として北匈奴討伐を行い大いに成果を得たため大将軍として朝廷に君臨した。帝位簒奪を目論むが、察知した劉肇に賜死を受けた。

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