司馬休之
publish: 2021-07-09, update: 2026-04-19
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?-417年。字は季豫。譙王の司馬恬の子。司馬懿の弟・司馬進の来孫にあたる。荊州刺史を務めたが桓玄に追われて南燕に亡命し、桓玄の滅亡後に帰国した。後秦や北魏の支援を受けて劉裕と敵対するが、敗れて長安に逃れ、続けて後秦が滅びると北魏の庇護を受けた。病没。
関連
賈智
493年-537年。字は顕智。中山郡無極県の人。賈道監の子。北魏末に相次いだ反乱に対応し功績をあげた。爾朱栄の台頭、爾朱氏の内紛を巧みにくぐり抜け、高歓に従った。開府儀同三司、侍中まで上った。各州の刺史を務めたが民衆を搾取しており民政には明るくない。東魏が成り晋陽へ赴任し、後に罪の連座を受けて刑死した。
劉子鸞
456年-465年。字は孝羽。劉駿の子。始平王。襄陽王、新安王から改封された。呉郡太守、南徐州刺史、司徒、中書令などの重職を兼任した。幼少にしてこの待遇であり、常々嫉視していた兄・劉子業から賜死を受けた。死に臨んで再び皇族には生まれたくないと言葉を残した。
祭遵
?-33年。字は弟孫。潁川郡潁陽県の人。更始政権下で県の吏だったが、容姿と態度を劉秀に気に入られ河北攻略に従った。性は温厚でありながら苛烈であった。儒者であり清廉潔白を信条とし、罪を犯した者は劉秀の一族であっても格殺した。怒った劉秀に逮捕されたが、許されて厳正さを称えられた。征虜将軍、潁陽侯。